明治以前の時代に、居室としての二階があらわれてくる数少ないいくつかのケースのまず第一に、足利時代に貴族がたてた楼閣建築といわれる住居がある。金閣寺や銀閣寺は、のちに寺になったが、その代表的なものだ。しかしこれらは住居といっても厳密には別荘であり、とくに庭を眺めるための望楼としてしつらえたものであって、かならずしも日常起居するすまいではなかった。つづく安土・桃山時代に信長、秀吉がきずいた城郭は、絢爛豪華な多層の宮殿であったが、その最初のものである岐阜城をみると、二階は夫人の休憩室、三階は茶席、四階は望楼となっている。
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つまりこれは、当時はやった「大名茶」のための一大茶室宮殿としてつくられたものでもある。